2010/08/09

7月29日 ポトシ山登山③

深夜12時起床。7時くらいに床に入ったが、最初の10分くらいしか眠れず。既にアドレナリンが出ていて興奮気味なのと、前日10時間ほど寝ていたのが原因だろう。
参加者全員ほとんど眠れなかったようだ。ツアーガイドの方々はいびきをかいて寝ていた。

トイレ、朝食(コカ茶とパンにジャム)を済まし、バックパックに1.5ℓほどの水、お菓子(チョコレート)、エナジードリンク、予備のパーカーを入れて準備完了。荷物の重さは5kgほどだろう。
外にでて、ヘッドライト、氷用スパイク、アイスエクス(氷を割く杖のようなもの)、命綱をつけて深夜1時、標高5300mのキャンプ場出発。
パートナーはイタリア人先生エンリコ。40歳。ガイドはルイス。
2人組に1人ガイドがつく。3人が同じ命綱に繋がれることになる。間隔は7m~10mほど。
天気は晴天、風もほとんどない。
厚手の靴下2枚、下にタイツ、ジャージ、借りた登山ウエア、上にタンクトップ、長袖Tシャツ、半袖Tシャツ、パーカー、いつものNorth Faceジャケット、借りた登山ウエアという厚着なので。ほとんど寒くはない。
月の明かりはヘッドライトがなくても歩けるくらい明るい。加えて満天の星。

あとは、氷の上を一歩一歩、歩いていくのみ。
風邪も完治していないため鼻水は天敵。鼻水が出てきて、口で息をせざるをえなくなるとかなり苦しい。
途中で、何があったか知らないが、パートナー交代。オランダ人先生32歳ロワルドとガイドのフェリックスと繋がれ先に行く。

5800mほどまでは、順調。といっても、苦しいし、足元がおぼつかなくなることも多々ある。大半は、口を大きくあけながら、鼻水をたらしながら、ほぼ白目をむいたみっともない顔で歩いていたのではないかと思う。バックパック重さも体力を奪っていく。
常に汗をかいているのでどちらかというと暑い。ただ、時折吹く風は汗のせいもあって非常に寒い。
ロワルドは常に頭痛と腹痛に悩まされていた。
休憩ごとにガイドに、俺は頭が痛くてくらくらしているんだが大丈夫か?と聞いていたが、フェリックスはOK、ノープロブレムと軽く返す。途中からロワルドは、お前本当に俺の言っている意味分かっているのか?戻らなくて大丈夫か?とキレ気味になっていたが、フェリックスの態度は変わらなかった。
僕は、歩いている時はつらいが、バックをおろし止まり、鼻をかむと、頭痛もなく精神的にはあまり問題なかった。戻ろうとも全く思わなかったので、ロワルド次第だよと伝えておいた。
道も、狭いところは多々あるが、こう配が急なところはなるべく避けてできているので、アイスエクスにお世話になることもそれほどない。深さ10m以上のクレパスがいくつもあり、そこを跨ぐときはさすがに緊張する。

5800m以降は、肉体的にも精神的にも限界との戦い。声もほとんどでないしまっすぐ歩く事が難しい。文字通りふらふらである。
赤ちゃんのようなおぼつかない足取りで前に進み続ける。狭い道では横に倒れそうなり、何十回と命綱にお世話になる。
意識は一応あったが、道のりはあまり覚えていない。
6088m登頂するという決意は無駄に固く、ツアー参加前日の夜にホステルで話した登頂経験者のイスラエル人が、苦しいけどとにかく一歩ずつ進めば着くよ、という言葉が頭にあったので、引き返そうとは一度も思わなかった。
ただ、ここで転んで下に落ちちゃえば楽なのにということは良く考えた。一種の現実逃避だろう。
ロワルドも頭痛、腹痛に耐え登頂することしかもう頭にないようだった。

6時過ぎ。6000mを越えたあたりからは道のりも変わる。バックパックも捨てる。山の頂の細い道、右側は氷の崖、左側は岩の崖、アイスエクスにもたびたびお世話になりながら、その間をひたすら登っていく。道も良くないので幾度となく滑りそうになる。
景色は360°見渡せるようになる。右側はラパスの夜景。左側は、雲の上に浮かぶ山脈、そして日の出。太陽がまだ出る前、あるいは雲の下にあり、真っ赤に染まった雲を見下ろす。


6088mHuayna Potosi登頂。時刻は7時頃。
6088m登りきるという目的は達成できた。
記念写真。
僕はそこに1時間でもいて休憩しながら日の出と夜景を見ていたい気分だったが、ロワルドは頭痛と腹痛で一刻も早く降りたいようだったので泣く泣く下山。

下り。
体力も残ってなければ、目的も達成されたので、全く歩きたくない。
とはいえ、帰らないといけない。
一歩進むごとに休憩が欲しいと思う。
足はがくがく、1歩進むごとに倒れそうである。命綱なしでは確実に死んでいる。
バックパックを捨てたところで1度休憩。
10分でも20分でも休憩したいが、ロワルドは休憩なんてしてないで早く降りて寝よう、とせかすので嫌々前に進む。
今度はガイドが一番後ろ、ロワルドが一番前で、下り続ける。途中2,3回しか休憩せず、2時間半ほどかけてキャンプ場へ。9時。
疲れていて声もでない。なにも考えられない。途中でギブアップしたヘスターやエンリコも迎えてくれる。
30分ほど爆睡。

ベースキャンプへ。
ツアーの予定が今日ラパスまで戻るということなので、歩き続けなければならない。
寝袋や服などキャンプ場へ置いていったものとアイスエクスなど雪山用装備を再びバックパックに詰めて、下山。
ガイドルイスについていく。ルイスはバックパックを持ってあげようか?と聞いてくれたが、とりあえず自分で頑張ってみる。しかし、100mほどで3回尻もちついたので、悔しいが諦めルイスに持ってもらう。
それでも。途中で3回ほど転んだ。
11時半、ベースキャンプ。
これで歩かなくて済む。
ロワルドも言っていたが、今までの人生で確実に最もキツイ経験だった。これ以上のツライ10時間を経験することはなかなかないだろう。

12時昼食。
1時頃、推定50歳コスタリカ人エストワルドも下山してくる。彼も登頂したらしい。恐るべき体力だ。
ドイツ人の2人フェリックスとデイビットは僕たちのグループより1時間ほど早く登頂、下山していた。こちらも驚くべき体力だ。
このツアーでは8人中5人登頂できたことになる。
ヘスターは残念ながら5800mのところで、限界を感じギブアップしたそうだ。

2時頃まで昼寝をし、ベースキャンプからミニバスに乗りラパスへ。

夕食は、フェリックスとデイビッドとヘスターとカレー屋さんで食べる。
リャマのカレーとナン。
リャマ肉はしこしこしていておいしかった。
フェリックスは建築家30歳。イギリスの大学で学び、建築家として働いていたが、29歳で辞め、現在旅の5ヶ月目らしい。カラカスから始めたらしいので、色々とベネズエラの情報を得る。予定に入っているテプイ山トレッキングのやり、使った旅行会社はミスティック。良かったらしいので第一候補にしておこう。
デイビットはこの後、ペルーの首都リマに行き3カ月間ドイツ大使館でインターンをするらしい。彼は、ジュネーブの大学で国際関係を学んでいて、ドイツ語、フランス語、英語スペイン語が流暢、現在ポルトガル語習得中、将来はもう1言語学びたいらしい。ということで、もうアパートもあるらしく、リマにいる間泊まっても良いよと言ってくれた。
泊まるところはあるので遊びに行こう。

10時半就寝。長い1日だった。

出費
チップ40
夕飯70



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