2010/09/02

8月18日 ボゴタto カラカス


午前中買い物して午後2時の便でカラカスへ向かう予定。

到着してからは悪名高いカラカスを避けるため、できれば今日中にシウダーボリバルに飛んでしまいたい。

午前中買い物。

友達から頼まれているバック探したり、お土産探したり。

結構お金使った。

11時頃ホテルに戻りパッキング。WEBCHECKINを済ます。

12時頃チェックアウトしようとしたら、所持金が1000ペソ程足りずチェックアウトできず。

あわてて中心地のCITIBANKまでいってお金をおろす。バスで行こうと思っていたが時間がなさそうなので、タクシーで行くことに。

フライト1時間前に到着。バスを使っていたら確実に乗り遅れていたところだ。空港に着くとまず大きなラップでバックパックをぐるぐるまきにされる。急いでいたが全員しないといけないらしい。12ドルとられた。

チェックインバゲッジのところにいってバックパックを預ける。

最初は、もう遅いから荷物を預けることはできないと言われたが、なんとかなった。危ない危ない。

南米最大の会社AVIANCA(最近他会社の合併で変わるようだが。)で2時間のフライトを経てカラカスへ。短時間のフライトなのに、豪華な飛行機だった。テレビは各席に付いていて、座席の頭部も寄りかかれるようになっていた。

いよいよ地球上で1,2を争う危険な街カラカスに到着。1日に1人は街のどこかで人が殺されているという噂も。自然と緊張する。

事前情報で、ボゴタで会った日本人には他の旅行者仲間が身ぐるみはがされたと聞いていたし、両替は公式レートの$1=4ボリバールと闇市場ではシウダーボリバールでは7ボリバール、サンタエレナでは8ボリバールがあるということを聞いた。とにかく何でもありのある意味とても面白い国だ。

預けた荷物を受け取るのに30分以上待たされた後、ゲートを出ると、警官っぽい(実際はただの案内人だと思われる)制服を着た男性が近づいてきてタクシー?と聞いてくる。国内線のターミナルに行ってチケットを買いたいことを伝える。英語は話せるようだ。

申し訳ないが、ベネズエラにいると言うだけで今までよりも、話しかけてくる人に対しては警戒心を持ってしまう。彼について行っていいものか迷いつつも国内線ターミナルへ連れて行かれる。国内線ターミナルは、国際線から歩いて10分ほどのところに隣接されている。彼は歩き始めるや否や、いくら両替したい?オフィシャルは1ドル=4ボリバールだが、俺は1ドル=6ボリバールで替えてやるぞと言ってくる。今日はシウダーボリバルに泊まって明日サンタエレナまでバスで行って、そこで大量に替えるつもりだったので両替額は最小限に抑えたかった。彼はIts good!としきりに言ってくるが、とりあえず、今日のチケットを買えるか聞いてからねと言っておく。

外に出ると、どうしても、さあ殺人事件、誘拐事件どこで起きている???みたいな目で外を見てしまうが、よくよく考えるといくら事件数が多いとはいえ、空港付近でそんな簡単にお目にかかれるはずがない。

制服を着た男は、歩いている間も1分に一回はいくら両替したいか聞いてくる。やけに直球男だ。どんだけドルが欲しいんだ。

国内線ターミナルに無事に着く。

チケットを買える、発券カウンターが見えたので向かおうとするが、なぜか向かいの旅行会社へ連れて行かれる。あれだけ、まずはチケットを買えるか分からないと何も始まらないのに分からない奴だ。旅行会社の男がエンジェルフォール・・・と言ってきたので半ギレ状態でチケットを買わせろと言うと、僕はただ情報を上げようとしてるだけなのに。と戸惑われる。まあ旅行会社の彼は悪くないが、こちらも時間のないなか早くチケットを買おうと必死なのでしょうがない。

そんな彼はチケット売り場では無口。通訳してくれるかと期待していたのに。。。つたないスペイン語で必死にチケットがあるか聞く。

必至といっても

シウダーーボリバールに今日行きたい。

チケットがあるか?

2点を伝えれば良いだけだったのでなんとかなった。

チケットがあるようなので買う事に。280ボリバール。

お金が必要となると隣にずっと一緒にいた両替のお兄ちゃんがすかさずボリバールを出してくる。しょうがないので100ドル分だけ両替をして600ボリバール受け取る。

6時半出発予定で、既にその時は6時半を過ぎていたので、さっさと搭乗口まで行く。

7時出発8時半頃到着。

すでに辺りは真っ暗。カラカスほど治安が悪いところではないがシウダーボリバルも夜間に出歩くと危ないとの情報は入っていた。

空港のゲートから出るや否や、ツアーの歓誘のお兄さんが近づいてくる。

10時頃にサンタエレナ行きの夜行バスがあることを知っていたので、それに乗りたいと伝えるが既に満席なことが把握。

どうしようか迷っていると、彼のお勧めは、サンタエレナに直接行っても、ロライマに登るツアーは毎日やっていないのですぐ参加できるかは分からない。ミスティックツアーに電話してみたら、日曜まではツアー出発しないということ。明日(木曜)からのエンジェルフォールツアーに参加し、土曜に帰ってきてその夜に、サンタエレナへ行き、日曜に着いてそのままロライマ登山に参加すれば良いとのこと。

無茶苦茶ハードスケジュールだな。。。と思いながらも、サンタエレナに行ってからツアーに参加できずに日を過ごすと、万が一エンジェルフォールに参加できない可能性がある。

そのスケジュールで行くと、27日にベネズエラでの目的の全てが達成されるので時間に余裕ができ、なにか他にできるかもしれない、余っている日記を書けばいいと思っていたので、最後にダイナミックなエンジェルフォールで旅を締めようと思っていたので、若干抵抗があったが、彼の言うとおりにすることにした。

彼は自信があるのか、強引にツアーに参加させようとするわけでもなく、それが俺のおすすめだよ。といって突き放してきたので、なんとなく彼は信頼できるなと思った。

料金も2000ボリバール明日1ドル7.8ボリバールで替えてくれるというので、256ドル。250ドルを予算としていたので、料金的にも問題なかった。

両替は明日の朝するとして、契約成立。

泊まるところがないと言うと、彼の車に乗せてもらってホテル探しを始めた。彼のお勧めに連れて行ってもらったが、180ボリバールと1ドル4ボリバールの計算で行くと若干高かったので、街のカテドラルの近くの安いと聞いていたところに行ってもらう。しかし、そこは満室。夜も10時近かったので3つ目に行ってもらったホテルに落ち着く。

180ボリバールしたので、結局空港で両替しといて少しでもボリバールを持っといてよかった。

夕飯を食べていなかったので、キッチンらしきところにいると男性が一人。ちょっと雑談をしていると、卵とパンを分けてくれた。

こちらも持っていた味噌汁を分けてあげる。おいしいとは言っていたが、あまり進んでいる感じではなかった。。。

ベッドが3つもある部屋で一人優雅に過ごした。



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2010/08/18

8月17日 ボゴタ④

8時半頃起床。

シャワーを浴びて9時過ぎごろでる。

まずは、US$がほぼ底を尽きてしまったので、ベネズエラに向けてUS$を取得しなければならない。CITIBANKに行ってみるもどうやらUS$はもらえないようなので、1,600,000ペソをおろし、US$へ両替する。レートは1880を値切って1ドル1875。
ちょうど800ドル手に入れる事が出来た。
ベネズエラの予算はツアー2つ250×2とバス20×4とホステル代&食事なので、持っていた80ドルと合わせてなんとかなるだろう。

中心地のカフェに入って、コーヒーと肉詰めのパイを食べる。
普段ほとんど飲まないコーヒーだが、やっぱりコロンビアのはおいしい。気がする。残念ながらあまり比べる対照がない。

黄金博物館へ。
金の作られる過程や、細かく細工してある金の様々な品が展示してあった。
所要時間2時間ほど。

エメラルド博物館へ。3000ペソ
高層ビル(普通のオフィスビル)の23階にひっそりと位置している。広場に堂々と位置する黄金博物館に比べて、ガイドブックに載っていなければ絶対気がつかない。中も人はほとんど見当たらない。
エメラルドの価値は色が50%を占めることや、コロンビアのエメラルドの方がブラジルのエメラルドよりも明るいことや職人さんは貴重なエメラルドを加工するので責任が大きく給料も良いらしい。

まずは、イントロのビデオを5分みて、暗い廊下へ。エメラルドが岩に埋まっている様子が窺える。英語の専属ガイドが付いた。
この博物館は、世界初エメラルドだけを集めた博物館らしい。規模は大きくないが、個人的に金よりもエメラルドの方が美しいと思うので良かった。

2時頃終了。

街をぶらぶら。
貨幣博物館へ行こうと思ったが、閉まっていた。

クレジットカードが使えないので日本に電話、アメリカに荷物発送のお願いの電話等個人的な用事を済ます。

5時頃には、ボゴタの名物アヒアコを食べる。
シチューのようなものに、チキン、とうもろこしが入っている。ご飯、アボガドと混ぜて食べる。なかなかおいしかった。

今日は、腹痛がずっと続いていて、なかなか調子が上がらない。公共トイレに2回いくはめに。アマゾンからずっと続いている。

クレジットカードが使えるようになったのでジャングル用に長袖の薄い上着を買う。

7時頃にはホステルに戻った。

コロンビアはほぼ英語が通じないので、結構ストレスがたまるものである。

カラカスの治安がどうしても心配なので、シウダーボリバールまでに飛行機で飛ぶことにする。明日のチケットを探すも、前日のためか取れなかったので、明日空港でキャンセル待ちをすることになりそうだ。
それができなければ、予定通り夜行バスで行くしかない。

2010/08/17

8月16日 ボゴタ③

9時頃起床。

朝は、朝食食べていたり、泊めてくれているJehiner からカンタデリア(ボゴタの中心地、カテドラル、黄金博物館等があるところ)の情報、行き方を聞いたり。

12時出発。
タクシーは高いのでバスで行くことに。
バスは、日本の電車のようになっていて、改札口があり、駅になっている。バス専用道路が設けてあり、急行、各駅停車と分かれている。
正直いって危険は全く感じない。

教えてもらったH74のバスをずっと待っていたのだが、来ず。
ぼけーと30分も待ってしまっていたので、同じ行き先のバスに乗る。後から分かったが、今日は休日なので数字が違ったらしい。

Jimeresというところで乗り換えて、カンタデリアへ。ひとつ早めに降りてしまうという事件もあったが、なんとか1時間ほどでたどり着いた。

まずは、探してあったホステル、ゲストハウスFATIMAへ。道に通りの名前があまり書いておらず分かりにくい&細い道にあったため迷う。
大きなバックパックを持って歩きまわるのは体力がかなり奪われる。

バックパックだけ置いて観光へ。
まずは、この辺りを歩き回る。
人通りも多く、どちらかというと落ち着いた雰囲気だ。中心地のプラザボリバールには、お土産屋さん等少なく、客引きも全くない。

大統領邸が近くにあるのだが、その付近を歩くときは、バックをチェックされ、近寄ることも禁止された。

一通り地理を把握した後、ライカコタの丘へ。
カンタデリアから徒歩2,30分のところに急な崖があり、その上に教会が立っている。
そこからの景色がよく、観光客がまず行くとろろだそうだ。

教会は街からも見えるので、道はよくわからなかったが、とりあえずそっちの方に。
大きな道をずっと歩いていくと、特に迷わず下のケーブルカー乗り場に着く事ができた。

14000ペソ払い(700円程度)ケーブルカーで頂上を。
ボゴタ全域を見下ろす。
大きな街だ。

メキシコシティを思い出す。
サンティアゴもこんな感じだった。

街の景色はどこもなんとなく似ている。

5時頃着いていたので、夕焼けまで待とうかと思ったが、寒くなってきたので撤退。

街の人がよく食べているコーンを買う。
ポップコーンとコーンの間のような味。粒が日本の2倍ほどの大きさ。

また戻ってきたのが6時頃だったが、暗くなり始めると同時に、店が閉まり始め、人通りも少なくなってくる。
レストランで食事を、、、と思っていたが、危機を感じたので早めにホステルに帰った。

同室になった日本人の方に、ベネズエラの情報を聞く。どうも、知ってはいたがカラカスは相当治安が悪いらしい。殺人事件も2008年、ヨハネスブルグを抜いて世界一だ。命が大事なのはもちろん、今まで買った記念品、PCに入った写真を思うと、どうしても強盗にも合いたくない。。。その知り合いの人は、カラカスで強盗に合い、荷物すべて取られたらしい。さて、どうしよう。

8月15日 ボゴタ②

後日記述。

8月14日 レティシア→ボゴタ

7時半頃起床。
今日はボゴタへ発つ日である。

地球の歩き方に、朝5時~6時に公園に行くとインコがいっせいにアマゾンに飛び立つ姿を見えると言うので行こうと思っていたが、完全に寝過ごした。しょうがない。

パッキングをして、でかいバックパックはホテルに置いておいてもらう。
ローサとリサとはこれでお別れだ。
9時頃。
まずは入国スタンプを押してもらわないといけないので、ホテルで聞いたDASという入国管理所を探す。
行ってみるとここではやっていないと言われる。(多分)困って周りをうろうろしていると、昨日一緒に入国してきたフランス人女性に出くわす。同じようにスタンプを求めて来たらしいが、空港に行かないともらえないらしい、という事を教えてくれた。

次は朝食。
店に豚が。
豚!!豚!!
写真。

これを食す。
ご飯はちまきの味がした。
味はまあ普通でした。

インターネットカフェへ行って、ウェブチェックインを済まし航空券をプリントアウト。

11時頃には終わったので、街を少しだけぶらぶら。客引きが全くいないので、歩きやすいし、思ったよりしっかりとした街で、建物も汚くない。
南米で最も混血の度合いが多いコロンビア人は美人が多いと聞いていたが、確かに今まで訪れた南米諸国より確実に美人が多い。


11時半ごろ、スタンプを押さないといけないので早めに空港に行くことに。
ホテルに戻ると、ローサとリサがちょうどチェックアウトしているところだった。

彼女らもスタンプは今日中に押さなければいけないので、一緒に空港までタクシーをシェアすることに。
モトカーで10分ほど。小さい空港である。

無事スタンプを押してもらう。
荷物を預けようと並んでいたら、後ろの日本人に話しかける。久しぶりに日本人と話す。
彼女はアメリカに住んでいて、コロンビアを旅行しているらしい。
もう数日泊まるらしいがフライトを変えたくてたまたま来ていたらしい。
コロンビア人の友達Jehinerとスイス人の友達を紹介してもらう。

Jehinerはボゴタに住んでいて、なんと今日家に泊めてくれることになった。
ラッキー♪
本来は、高校の時アメリカでできた友達の家に泊めてもらうはずだったが、アメリカに今出張中らしく、ホステルに泊まるつもりだった。旅はどうなるか分からない。
彼らは違う飛行機で1時半頃に先に旅立ってしまい、お迎えが来ているようなので、僕は後からタクシーで追う事になった。

以下後日記述。





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8月13日 イキトス→レティシア

4:30起床。
今日はボートで国境をまで行きコロンビア、レティシアに入国する日だ。
アマゾン河を挟んで南側にペルー、北側にコロンビア、ブラジルと参加国の国境が位置する場所だ。
準備をして5時にモトカーに乗って船乗り場まで行く。

5時過ぎだというのに、結構混雑している。
そして、5時半集合6時出発だったが、すでに乗り始めている人もいたので早速乗りこむ。
飛行機のエコノミークラスと同じくらいの狭さ。

6時過ぎ出発。

朝食はサンドイッチ。
昼食はごはんにチキン。

景色は特に変わらない。幅100m以上の広い川の両サイドにジャングルが広がって家がたまにあるだけである。
2時間に1回ほど陸に止まって、お菓子やフルーツ、飲み物などを売る人が入ってくる。

パスポートチェックも一回あった。なにか指摘されないか無駄にドキドキするも
雨が降り出し、エンスト事件もあったが無事解決された。

6時前、国境の街に到着。雨もやんだ。
まずは、陸ではなく、川の上に浮かぶ乗り変え場に行き、出国スタンプを押してもらうイミグレーションセンターまでのボートに乗り換える。
陸に着くと、泥水の上を5分ほど歩いて、小さい街へ。アスファルトの道を挟んで両側に家や、小さい店があるだけの小さな村という感じだ。さらに、10分程歩いてイミグレーションセンターへ。
予想以上に遠い。

辺りが暗くなってしまった後、ボートに戻る。明るいうちにレティシアに着きたかった。

レティシアに行ってもらうように言うが、まずはタバティンガへ。そして、暗くなってきてかつ水量が少ないという理由でそこで下される。
というわけで、ブラジルに到着。4カ国目はまさかのブラジルだ。日本人はビザも必要なはずだが、ビザなしで一応ブラジルの地を踏むことができた。

ここからは自力で陸路でレティシアに向かわなければならない。
他にもレティシアに向かわなければならない人はいた。オーストリア人の女性2人組、フランス人の女性2人。

いろいろ行く方法でもめるが、5人いたので最終的に小型トラックに乗って1人100円程で国境超えすることに。
なんとも旅っぽい雰囲気で楽しかった。

国境には特に何もない。
旗が立っているだけ。両替所でコロンビアンペソゲット。持っているドル札はもうすぐそこをつきそうである。

レティシアの街のどこかでオーストラリア人のリサとローサATMでお金を下ろす。その間にトラックのおっちゃんはもう帰ると言いだす。
ホステルも決まっておらず、これからどこに行こうという話をしていたので、しびれを切らしたのであろう。なぜかこの5人でいるとなかなか話がまとまらない。

結局、レティシアのどこか分からない場所で降ろされる。

フランス人の女性二人は、それぞれ自分の道へ。二人とも一人旅なのに、特に共に行動する気はないらしい。フランス人は不思議だ。ただ、一人はとてもフレンドリーで、英語も話せた。フランス人バックパッカーはたくさんいるが、友達になるのはなかなか難しいのかもしれない。

という事でオーストラリア人女性2人組とホステルを探すことに。
どこで降ろされたかも分からないので、道の人に聞いたらホテルの人というので、カードもみせてもらってよさそうだったので、そのホテルに連れて行ってもらう。ただ一人50ドル。高すぎる。
3人部屋で、一人25ドルまでまけてもらったが、一人がダメだと言うので、ホステルを探すことになる。
近くの安いホステルを紹介してもらって、5分ほど歩いて行く。
満室。マチュピチュに行く途中に出会ったルーマニア人の女性に紹介してもらっていたMahatuというホステルに行こうとするが、遠いらしい。ローサ(本当は仮名、名前忘れた)がタクシーを使いたがらないので、結局さっきのホテルに戻ることにした。ダブルベッドとシングルベッドが置いてある部屋。

隣に会ったレストランで夕飯を一緒に食べる。
なんかの魚だった。
二人はシドニーの大学院生28歳。年が予想以上に離れていてお互い驚く。
リサはカウンセリング、ローサは緊急医療を学んでいる。

日記を書き11時頃就寝。



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8月12日 アマゾンジャングル体験3

9時頃起床。早朝の散策もスキップした。
昨日から20時間ほど寝たことになる。
下痢は治らないが頭痛はなんとなく治まった。

朝食を軽くとり、ボートでアマゾン河付近へ。ピンクドルフィンがいるところで魚釣り。

ナマズ1匹ゲット!!


帰りには猿、ナマケモノ、赤い蛇を見る。
Sanyoのカメラまたしても壊れる。Fujifilmは電池切れだったので写真撮れず。

12時頃昼食を食べてイキトスへ戻る。

ジャングルを総括すると、良い体験ではあったがもう来なくても良いと思う。全身50か所以上は確実に蚊に刺されたし、そんなに動物に興味があるわけでもないので。
夜の体験は忘れることができないだろう。なにかに悪霊に取りつかれてなければ良いが笑

イスラエル人カップルAsafとInbalとニュージーランド夫婦NehalとSindraとメルアド交換。これで、Nehalと
Sandraは6週間の旅行の後ロンドンに引っ越すらしい。
ということでロンドン、イスラエルに訪ねる友達ができた♪
毎回ゲーム感覚で世界中に友達ができていく。行きたい場所が増えていく。

夜は、ペルー最後の晩餐。ワニを食べてみる。
お肉は硬めだがにんにくとショウガが効いていておいしかった。お腹にもよかったんじゃないか。

8月11日 アマゾンジャングル体験2

夜中。
腹痛と頭痛に襲われる。夜中に1回、尿意と寒さで起きる。モスキートーネットを開けると確実に蚊は入ってくるが我慢できなかったので外に出る。
懐中電灯がなければ本当に真っ暗闇。見えない迫力がある。中に入って寝ようとするが、寒くて震えが止まらない。アマゾンの夜が寒いとは全く聞いていなかった。長袖のTシャツをもう一枚着て、タオルを顔に巻いて自分の息で顔を温める。起きた時ガイドの人も寒かったと言っていたので気温自体も低かったのだろうが、熱を出したような寒さもあり頭痛も酷かった。鳥、動物の、ギャーギャー、キャーキャーとい声に加え何かが近くを歩いている足音も聞こえた。まさにジャングルの夜、非日常体験で面白かったが、突然の原因不明の激しい震え、頭痛には恐怖を感じた。

7時前起床。
結局全くよく眠れなかった。山登りの時以来の寝不足。イスラエルカップル、ニュージーランドカップルはどちらも良く眠れたようだった。
頭痛、目まいが激しく、下痢もヒドイ。
ハンモックなどは片づけてもらい、ベースキャンプ場へ。11時頃戻り、ひたすら寝る。昼食、午後の散策もスキップして7時頃の夕食までひたすら眠る。途中何度か起きたが頭の痛さは直らず。
ガイドの人や、イスラエル人カップルにバナナや、お茶を持ってきてもらった。ガイドの人は頻繁に体調を確認しに来てくれた。激安ツアーを頼まなくて正解だったかもしれない。
夕食時には少し良くなったので、夕食の魚とポテト、お茶を飲む。持参していたお味噌汁も作る。こんなところで役立つとは。

もう夜眠れないかと思ったが、9時には寝つく。



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8月10日 アマゾンジャングル体験 

7時集合。ジャングルツアー初日。アマゾンから伸びているウカヤリ細い川周辺のジャングル探検する旅だ。
ナウタという街まで1時間半ほど車で送ってもらう。
そこから船。
マラニョン川という大きな川からアマゾンとの合流地点を通ってウカヤリ川へ、約2時間。水は常に茶色。蒸し暑いが、東京ほどではない。晴れているので風が当たって気持ちいい。

川の合流地点ではイルカを見る。ピンクドルフィンも発見。大きいもので3m程になるらしい。

ウカヤリ川へ入るとテレビで見た世界、手つかずのジャングルが延々と広がる。


一緒に船に乗った仲間は、オーストリア人カップル、男性は現在医学部、ニュージーランド人夫婦、男性は銀行員、女性はPHDをロンドンで取る。イスラエル人カップル、ビデオ作製のプロデゥーサーとなかなかリッチそうな人たちの集団に。
大手の平均的な値段のツアーを頼むとこうなるのか。

ベースキャンプへ。
ジャングルの川沿いにある集落という感じのところだ。
昼食を食べ、長靴にはき替えて、今日のキャンプ場へ。ジャングルの中でキャンプをしてハンモックで寝る予定だ。

幅10m程のウアヤリ川を延々と進んでいく。基本的にはモーターで進むのだが、ところどころ川沿いから伸びる川の中へと倒れた木に引っ掛かりガイドの人にボートを道上げてもらって進んだり、降りて押したりしなければならなかった。10回はあった。
野生の鳥が、次から次へと飛んでくる。
鳥、動物の鳴き声も無数に聞こえてくる。
天然動物園みたいな感じだ。


川沿いに住んでいる人たちが網で魚を捕っていた。
彼らは多分昨日も今日も明日も明後日も来週も来月も来年も10年後も川に出て魚を取り続けるのだろう。

1時間ほどで到着。

ガイド曰く「蚊は空気よりもたくさんいる」そうだが、どうも大げさではない。
虫よけスプレー、長袖長ズボンで来たが、降り立った瞬間から体中がかゆくなってくる。
蚊に刺されるのが何よりも嫌な僕にとってはかなり耐えがたい。

ハンモックをつるす。
感覚が2m~3mあいた木を探して、つるしていく。その上にモスキートーネット、雨のためのビニールシートを被せる。
中で今夜は寝ることになる。

夕飯スパゲッティ後、30分ほど懐中電灯を持って夜の散策へ。サソリや巨大クモを見る。

今度は、ボートでジャングルの奥へ。
水面に生えている草をかき分けパドルで漕ぎながら進んでいく。
子供のワニ発見。驚くほど大人しい。しっぽとあごを持つ。うろこは硬くつるつるしていてキレイだった・尻尾だけ持つと暴れだす。背筋力がすごい。90度くらい曲がっていた。

暗くなっては何もできないので8時頃には就寝。
モスキートーネットに入るときに見事に蚊も一緒に入ってくる。まずは中に入ってきた蚊を一匹残らず殺す。30匹はいただろう。
汗でべたべただがしょうがないので、刺されたところにムヒを塗って寝る。長ズボンにもかかわらず足も片方ずつ10か所くらい刺された。
砂漠や山の夜は月光で明るいが、ジャングルの夜は真っ暗で何も見えない。鳥や動物の鳴き声で非常ににぎやかだ。




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8月9日 イキトス

7時起床。

11時発の飛行機に乗るため8時には出る。
アルシダの家とはおさらば。
今までずっと冬の気候だったが、これからは、夏の旅行が始まる。
ジャケット、セーター、手袋等の冬服は圧縮袋にしまう。4枚持ってきた圧縮袋だが2枚破れてしまい、バックパックの中はただでさえパンパンだったが、あふれる中身を押し込まなければいけないようになった。
11時出発だったが遅延して、12時出発に。特に問題はない。
その間、昨日ネットで購入した、14日発のコロンビアのレティシアからボゴタへの航空券を15日に変えてもらうようコロンビアの会社エアロリパブリカに電話しようとする。インターネットで調べた番号はかからず、チャットで聞いてみると、違う電話番号を言われてかけてみるもそれもかからず。1時間くらい奮闘するもなぜかソニーペルーにかかったり、全く違うところにかかったり。1本の電話でめちゃくちゃ苦労した揚句、飛行時間までに連絡できず。
腹立たしいというか悔しい。
国際電話なのが原因だろうが、公衆電話からかけられない理由がよくわからない。


久々の飛行機。といっても3週間ぶりだが。一番前の席だったので足を広々と伸ばせた。

イキトスに到着。小さい飛行場だ。蒸し暑い。日本は現在猛暑だそうなので、それと比べるとたいしたことないと思うが、いよいよ夏の季節にやってきた。

モトカという3輪車のバイクの後ろに籠がついたような乗り物に乗って中心地へ。
街並みは今までのペルーとは全く違う。小さいモトカがたくさん走っていて、追い越し合い。おもしろい。ただ、トラックの後ろを走ると排気ガスをもろに浴びる。どちらかというと東南アジアに来たような気分だ。

降りると、乗るとき仲介したおっちゃんから3s/と聞いていたのに8s/と言われる。向こうはスペイン語しか話せないのでホステルの人を仲介して話すと、どうやら8s/は妥当な値段のようなので諦める。
Flyingdogというホステル。クスコではこのホステルの隣に泊まっていた。1泊30s/=1000円。悪くない。

まずは、ツアー探しの前に電話をかける。15日に変更できるかどうかで、アマゾンで4日間過ごすか、3日間過ごすかが決まる。
ホステル付近のコールセンターへ行ってやっとかかった。
が、15日は既に満席ということだったので、諦める。アマゾンツアーは4日予定が3日になった。


次は、ツアー探し。
コールセンターを探しているとき、知らないおじちゃんに話しかけられ、連れて行ってもらった。話を聞いているとどうやらツアー会社の人らしい。
電話が終わるまでずっと待っていたので、しょうがないから話を聞きに行ってあげる。360ソルのツアーを紹介される。他のを見てからねと、去ろうとすると、呼び止められる。どうやら彼が連れて来たのは彼の友人のツアー会社だったらしい。わざわざ自分の会社と比べてもらうために先にこっちに連れてきたそうだ。ということで彼の会社へ。250ソル。安い。それでも他の会社を自分で見てみたいというのもあったし、ホステルの紹介も見てみたかったのでいったんホステルへ。ホステルは英語を話せるお兄さんがいなくなったので
ドル札だけ持ってもう一回アルマスプラザ付近へ。
呼びかけられたところに行ってまた話を聞いてみる。450ソル。だけど、もっとも落ち着いていて歴史もありそうで、ガイドの人も良さそうだったのでそこにする。ジャングルのヤシの実のジュースを飲んでいる写真や、他のところにはないアクティビティもあるようだった。アナコンダを見たり、ピラニア釣りをしたり、バードウォッチング、キャンピングはどこも同じだった。

予算は300ドルとってあるのでOKだ。
ツアー探しはいつも疲れる。今日は若干睡眠不足なので余計に疲れた。暑さも堪える。

その後、レティシア行きのアマゾン川ボート予約をそこの人に手伝ってもらう。会社のモトカに乗せてもらって、両替所から、もう一回ホステルに戻ってドル札を取りに行って、ボート買う会社まで全部ただで行ってもらった。かなり良いサービスにびっくり。途中10回くらいエンストしたので、古いのだと思っていたが、ただのガソリン切れだった。最後は押して走ってガソリンスタンドまで。

夕飯は3度目チキンの炭火焼pollo a la brasa。ここのが今までで一番おいしかった。ただ大きすぎた。日本人だったためかオーナーがわざわざ白いご飯までサービスしてくれた。チャーハンが既についているのに。全部食べようとがんばったが、お手上げでした。

11時頃就寝。
出費
15
$140
20
8

ツアー450
ボート代$70
夕飯14(VISA)
Webcamera35(VISA)




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8月8日 リマ③

本来ならば、今日アマゾンのあるイキトスに行くはずだったが、フライトを予約できず、明日に変更。
ということで、今日は完全オフ。

一歩も外を出ず、身内の整理。

昼寝をしたり、荷物の整理したり、インターネットやったり、ブログ書いたり。

久しぶりに「家」に入ったので居心地が良すぎて居座りたくなる。
手持ち600ドルしかないことに気づく。
これはすべてベネズエラで使う事になる。足りないかもしれない。

昼食は、アヒデカジーナ。
カレーのような色だが、あっさりクリーミーな味。どちらかというとシチューより。チキンと、卵とポテトが入っている。ポテトはペルー特産のものらしく普通のよりも甘くねっとりとしている。

夕飯はドーナッツみたいなものにはちみつをつけて食べる。
甘くて外はカリカリ中はふわふわでおいしかった。
ブログの整理等していたら、夜遅くなってしまった。
ブログの整理は終わらなかった。。。

今後の航空券レティシア→ボゴタ$140、ボゴタ→カラカス、NY→東京を一気に買う。
レティシア発の航空券は間違えて1日早く買ってしまったので明日変えてもらう。
値段は予算よりも高かった。

かなりリラックスできたので、明日からまた張り切って行ける!!
深夜4時就寝。

8月7日 リマ②

後日記述

8月6日 リマ

午前6時到着。
アメリカでできた友人のおばさん、アルシダの家に泊まる予定なので、連絡をしなければならない。早すぎるので7時まで待つ。
連絡したところタクシーで家まで来てくれという事。タクシーに2,30分程乗って家へ到着。
周囲はそんなにきれいではないが、家自体はそれなりに大きく立派である。
アルシダ トゥルヒオさんというがこの家族は実にインターナショナルだ。息子、姉妹の一人はニューヨークでビジネス、息子はロサンゼルスでビジネス、スイスに住んでいる親戚、スペインに住んでいて日本人妻がいる親戚、など世界中に家族が散らばっている。アルシダも15年前チューリッヒに住んでいたらしい。英語はあまりうまくないが、夜間学校で現在ならっているそうだ。

2夜連続夜行バスで疲れていたので朝食後、昼寝をさせてもらう。
朝食は、サンドイッチ。甘いポテトと、中国料理によく出てきそうな豚肉とオニオンを挟む。
昼食はチキン。ペルーにしかないスパイスを使ったチキン。カレーのようだが、シンプルな味で辛くもない。美味。

ボリビアで山登りを共にした、ドイツ人でスイス在住のダビットと落ち合う事になっていたので、彼の携帯に連絡してみるも、電話に出ず。今日は、彼の住む町、海岸沿いのミラフローレスを見学することにしていたので、そこまで1時間ほどかけて車で送ってもらう。

携帯からかけても出ないので、3時頃とりあえず彼の住む家に行ってみると、たまたま帰宅してくるダビットに出くわす。ラッキー。海辺で昼寝をしてきた帰りだとか。
彼は1週間ほど前から、リマのドイツ大使館で3カ月のインターンシップを始めたところである。23歳。ジュネーブの大学生、将来は国連で働きたいらしい。毎日6時起きだそうだが、金曜日は1時で終了なのでゆっくりとしていたそうだ。
家は、学生が7人住んでいる学生宿。


海岸沿いの公園をビール持ちながら歩く。このミラフローレスは高級住宅街で都心のようなおしゃれな場所である。
海と海岸沿いの高層ビルと浜辺が見えて予想以上にきれいである。パラグライダーをしている人も多い。がけから離陸するのが見える。夏の1月頃は暑すぎず最高の季節のようだ。
5時頃からドイツ人カップルとも一緒に行動する。
この時期ずっとどんよりと曇っているそうだが、今日は少し太陽が出た。
ミラフローレスから車で5分ほどのバランコへ。ヨーロッパを感じる建物が多く、海沿いにレストランが多数。ディスコやバーも多い。

夕飯は、Chifaという中華料理屋さん。Chifaはマチュピチュ村にもクスコにもナスカにもあった。ペルーの国民食Lomo Saltadoとチャーハン。
久々のチャーハンが懐かしい味だった。

彼の家のすぐそばには、Anticucho(ハツ)の屋台がある。ディスカバリーチャンネルなどのテレビも取材に来るほど有名で、大いに賑わっていた。時間がかかるというので諦める。焼き鳥の屋台みたいな感覚だ。
約束通り8時半に迎えに来てもらい帰宅。
彼らはこれからパーティらしい。
明日、旧市街に行く予定だが、彼も行ったことないので一緒に行こうということになった。

出費
タクシー15
ビール8
タクシー3
夕飯11






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8月5日 ナスカ

8時ナスカ到着。少し肌寒い。完全に曇っている。地上絵を見ることができるのか不安である。
地球の歩き方によるとくねくねした山道の悪路なのでお勧めしないと書いてあったクスコ→ナスカの夜行バス。13時間。確かに良く揺れた。加えて窓の隙間風が多かったので眠れるか心配だったが、なんとか眠ることができた。ボリビアのウユニ→ラパスの夜行バスはずっと砂利道だったので、それに比べると今回はコンクリートの上を走っているのでたいしたことはない。パソコンの入っている5kg程のデイバックは常に持って入って膝の上に置いているのだが、今回は狭くて重くて堪えた。

ナスカに着くと、お迎えが来ているはずだったが、誰もいない。仕方ないので、大手バスの会社Cruz del Sur の看板がある方へ歩いてみる。すると、Shuichi!!とどこかから叫び声が。見回してみると車から男性が降りてきて、自家用車に乗っけてくれた。彼の名はマルクス。ナスカの地上絵のセスナ周遊券、リマ行きのバスの手配をお願いしてある。いまは曇っているので、先に遺跡に行ってみないか、40s/のところを30s/にしてあげるから行ってみないかと言われたが、地上絵を見れば満足だったし、お金も現在全く把握できてないが切羽詰まっていると思うので、断る。
先に乗っていたブラジル人の男性のバックを彼のホテルに置いて、ナスカ飛行場へ。

小さな飛行場に、8~10のカウンターがありどの会社も地上絵のセスナ飛行を提供している。入口にはお土産屋さんの店が数点並ぶ。
9時頃着いたので客数はまだ少ない。曇っているので晴れるまで待つことになった。その間にスプライト、バナナ、クラッカーを食べる。合わせて4.5s/。150円程。安い。
待っているとぞろぞろと30人程の日本人ツアーが。空港内にいる半分は日本人という状態になった。
日本では有名なナスカの地上絵だが、今まで話した外国人の旅行者にナスカに行くという人は一人もいなかった。空港内にもナスカの地上絵のドキュメンタリー番組を流すテレビが2つあるのだが、英語の番組と日本語の番組が流れている。お土産屋さんの人も日本語が上手。日本人観光客が一番多いそうである。

10時過ぎごろ晴れてきて、空港内がだんだんとあわただしくなった。検問を通ってパイロット2人、乗客4人の6人乗り小型セスナへ。6人乗りは人生初めてである。隣はスペイン人のおじちゃん。うしろはデンマーク人21歳。
出発。
最初は、若干酔いそうな予感がしていたが、楽しかった。くじらの絵、宇宙人の絵など思ったよりはっきり見えた。しかし、10分ほどしたら完全に酔った。右側に座っている人用、左側に座っている人用と同じ絵を右からと左から見えるようにしてくれるので、とにかく旋回が多い。目を開けているので精一杯。何度か吐きそうにもはったが、なんとか35分のフライトを終え、全ての絵を見きった。

聞いていた通り、砂漠に描かれている巨大な絵。絵になっていない線も無数にあり、いまだに謎が解明されていない理由が分かる。
あの絵を描くのによっぽどの理由があったことは分かる。理由がなかったならよっぽどのヒマ人だ。学者の方々がんばって解読してください。

フライトを終えふらふらになって空港へ。しばらく休む。

連れていってもらったマルクスに再びバス停まで送ってもらう。そして、夜行バスをお願いしたはずが、11時頃発のリマ行きのバスに乗せられそうになる。どっちでも良いよということなので、夜行バスに変えてもらう。正直目的達成したので、乗ってしまっても良かったが、少しナスカの街を見て回りたかったし、今日リマに着いても泊まる場所がないのでやめておいた。

ナスカの街をぶらぶらする。
野良犬、露店、道を閉鎖した大工事。どれもだいぶ慣れてきた。
1つ新しかったのは、水のなくなっていた川。ごみが大量に落ちていてごみの川と化していた。アルマス広場は広くベンチが多数あり地元の人が日陰でやすんでいた。朝は寒かったが、日中は冬とはいえ半袖で十分だ。
途中で今日の午後、砂漠のサンドボーディング、近くの遺跡を周る4時間ツアーをみつける。60ドルのところを一人追加でも変わらないので35ドルでと言ってくれたがどうもやる気がでないのでやめておく。

昼食。安そうなカフェでハンバーガーとケーキ。初めて地元の味から放れてみた。

旅の疲れか、今日の目的を既に果たしてしまったせいか、5日間ほど日記がたまっているせいか、ペルーに入ってからお金の管理がうまくできていないせいか、何もする気が起きなかったので、広場のベンチで2時間ほどぼーっとする。
ラーメン、牛丼食べたいなー。お風呂入りたいなー。ちょっとしたホームシックか。
一昨日のマチュピチュ村の夜以来、シャワーを浴びてないのでお風呂入りたい気分になるのはホームシックではないが。

30分ほどインターネットカフェへ。メキシコシティの友人エドガーとたまたまチャットした。彼は僕がこっちに来ている間に我が家に来て楽しんだそうだ。

気を取り直して3:30時頃出て、ソルが無くなってきたので両替。

両替をしようとした銀行で暇そうにしていた窓口のおばさんに話しかけられたので、しばらく立ち話。日本人は頭が良くて、日本はとっても良い国だと日本を褒めたおしてくれたので良い気分になって30分くらい話した。
両替場は1ドル2.73ソルととても高かったので20ドルだけ換える。
外に出て少し歩くと道端のおじちゃんが両替をしていて2.78ソルというのでもう20ドル換える。クスコでは1ドル2.8ソルだったのでもっと換えとけばよかった。

10m程の展望台から地上絵を見下ろすことができるミラドールへ行くことへ。6時過ぎに行けばきっと日の出がきれいなはずだ。

タクシーのおじちゃんに値段を聞いてみると50ソルもするという。日本円だと2000円程か。無駄に高いのでタクシーは諦める。安い方法を探そうと、さっきの銀行のおばちゃんのところに戻りミラドールへ安くいく方法を聞いてみる。イカという街行きのバスに乗ると途中で降りることができるということなので、バス停へ。チケットは片道2ソル。タクシー乗らなくて良かった。
4:30出発。15分程で到着。降りたのは僕1人だけだった。
砂漠の中にちょっとした高台と、おみやげの売店が並ぶ。そのほかはベンチと駐車場とトイレ以外何もない。
夕日まで時間があるので座って待つ。お土産を売っているオカマのおっちゃんに絡まれる。彼はナスカのガイドブックを売っている。今日は売上800ソル程売り上げたらしい。そのうち300ソル程手元に入るそうだ。日給一万円といったところか。今日は良い日だったらしい。

先に来ていたドイツ人数人が大型バスを止めてお金を払って乗り込むのを見守る。帰りはああやれば帰れるのだろう。ちょっと安心。

誰もいなくなったのでまたオカマのおっちゃんと話しておくことに。彼は無駄に日本語を知っている。
しばらくすると今度は日本人団体ツアーが。嵐のようにやってきて写真を撮って去って行った。
この旅で感じつつあるのは、ありがちだが、人との出会い、世界中の友人ができることが楽しいなということ。こういう辺鄙なところに自分の力で来るのも冒険心がくすぐられ、楽しい。

世界の人がそれを知っているのならば、確かに日本の旅行形態であるツアー会社にまかせて、団体で名所に行ってたくさん写真を撮って帰るというのは?が多い。よく言われるが海外の人には理解しがたいことなのだろう。

日本人観光客が去っていくと、いよいよ夕日がきれいになってきた。結局日の入り時には展望台には一人になった。
遠くの山に消えていく真っ赤な大きな太陽を見ていると、旅の疲れも癒される。


お土産屋さんのオカマじゃない方のおじちゃんと一緒にバスを止めナスカの街へ戻る。

夕食は6時半ごろ。既に地元の人で賑わっていた大衆食堂のような場所で国民食、鳥の炭火焼pollo de brasaを食す。クスコで食べたのより脂っこくなく、味も整っていておいしかった。こういう場所に入るのもだいぶ抵抗がなくなってきた。

11時バス出発なので、バス停で日記を進める。近くのインターネットカフェ(古いパソコンで日本語読めなかった)で時間つぶし。リマで泊めてもらう予定の友人のおばさんのアルシダにも電話を入れる。ちょっと待ってと5分ほど待たされて電話が切れてしまったが、また明日リマに着いてから電話することにした。

11時になってもバスは来ず。
来るはずのバスが来なかったらしく、倉庫から違うバスが出てきてそれに乗ることになった。12時出発。見事にラテンアメリカクオリティーが発揮された。待っている間、子供が持っていた段ボールの中からのひよこのピヨピヨという声がうるさかった。

すぐに眠りにつく。

出費
朝食4.5
空港税20
Tシャツ10
昼食10
インターネット1
ミラソール1
石2
バス往復4
夕食11

$20→54.6
$20→56



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8月4日 マチュピチュ

5時半起床。

ワイナピチュ登るため早起きしようと思ったが失敗。

ワイナピチュ200人中193番目で入山。


帰りの電車で元国連職員に会う。多分この旅で会った中で一番偉い人

6時クスコ。
8時のはずが7時のバスでナスカへ。

後日詳細記述。



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8月3日 クスコ、アグアスカリエンテス(マチュピチュ村)

7:45起床。

今日の計画は、午前中ゆっくりクスコを観光、1時~2時頃にバスに乗って電車の発車駅オリャンタルタンボへ、3時57分のペルーレイルに乗ってマチュピチュ村(アグアス カリエンテス)へ行き、温泉に入る。

以下後日記述。




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